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Funny's Diary #002 2007.06.11

今回の日記は兎賭場の罰でした。Eno.1686蒼月樟葉さんとのデートだそうな。
蒼月さん作の日記を下地にしたのですが……何か無駄に長くなったorz
後編を次回の日記に載せて罰ゲーム完了となりますよ。
日記本編は以下のリンクにしまっておきました。興味のある方はどうぞ。






「何じゃゴルァアアアア!」
「おどりゃが先に抜いたと違うんかオォオオイ!?」
「じゃかぁしドラこんタコんクソツボォアアアアア!」
「上等じゃ捩くれナマコがチョイと面貸さんかィイ!?」

 目覚めを迎えるにはおよそ最悪だろうと思える怒号を聞きながら、ファニィは未だ眠気の残る重い瞼を持ち上げた。さして珍しくもない、部下兎達の喧嘩である。何を言い争っているのかは判然としないが、どうせろくでもない理由だろう。
 仲裁に入るまでもないと決め付けて、枕元に置いておいた煙草を探りながらテントの中を見回す。既に目を覚ましたのだろう、ミーネと紫苑の布団は綺麗に畳まれており、二人の姿は見当たらなかった。拾い上げた箱から煙草を一本抜き取って咥え、マッチで火を灯し、小さく溜息を零す。外の喧嘩はまだ長引きそうに思えた。

「──あぁ、チュン」

 一分程ぼんやりと虚空を見つめながら煙草をふかしていたファニィは、テントの中から部下兎の一羽に声を掛ける。程無くして低い声での返事があった。

「……ワッタィム?」

「そろそろお約束の時間になりやす」

「ン。約束?」

「逢引の約束が」

「アァ、イエローボォイ」

 まどろみに霞んでいた意識が覚醒すると同時に、先日の約束が頭に浮かぶ。眠い目を一擦りしてから自分の腕時計に視線を落としてみれば、確かにそろそろ危うい時間であった。しかし危機感は無かった。デートだと浮かれて眠れなくなったり、逆に早起きをするような可愛げはとうに無くしているうえに、そもそも人を待たせることに罪悪感を覚えるような真面目さも持ち合わせていないのだ。
 未だ少し重く感じる頭を左右に振って、のんびりと一度大きく伸びをした。それから、この島に来て一度も開けたことのないバッグに手を伸ばす。中には私服が二着ばかり詰め込んであった。普段は制服で過ごしているせいもあり、邪魔になるようならば捨てていこうかとも考えていた。そんな矢先に出番の舞い込んだジャケットやキャミソールを引っ張り出す。
 発端はファニィが遊びで開いた賭場での出来事だった。名簿には蒼月樟葉という名で記されている黄色の装束を纏った少年との勝負において、恐らくその場にいた誰もが予想しなかったであろう、二日続けての勝利──しかも点棒を全て支払っての完璧な連勝である。
 結果として規定の三十点を獲得されてしまい、ファニィには代償としての課題が与えられることになったのだが。

「デート、ネ」

 呟いた声は未だ眠気を残しているのか、若干掠れたものだった。ジーンズを引き上げながら、鏡を覗き込む。手櫛で適当に髪を整えながら、デートなど何時以来だろうかと考える。単語ですら久方振りに聞いたような気がした。十二か三の頃だったか。そのとき想いを寄せていた一つ年上の少年と、二人きりで遊園地に行った記憶が微かに浮かんで消える。あの頃の自分も今のような緩慢さで支度をしていただろうかと思い返してみるが、結局それ以上のことは思い出せないままだった。

「ソレじゃ、行ってきマスヨ」

「へぃ、お気をつけて」

 テントから出たところで、チュンと呼ばれている部下が洗面器を差し出す。冷たい水で顔を洗い、さっぱりとしたところで空を見上げた。初夏の日差しが、眠気の残滓を打ち消すに十分な眩さで網膜を射る。本日二本目の煙草を燻らせながら、上着は余計だったかと陽気を浴びて思う。けれど今から着替え直す時間の余裕があるわけもない。
 仕方無しに歩き始めた少し先のところでは、部下兎の二羽が未だに言い争いを続けていた。

* * *

 孤島到着の日に訪れただけの広場は、以前に比べて明らかに賑わいを増していた。ファニィ達と同じ冒険者の類や、彼らを相手とする露店の数々が見て取れる。栗鼠を模した銅像を中心に据えたその場所は、遺跡内の一種張り詰めた雰囲気と違い、安らかな空気を漂わせていた。
 待ち合わせの目印である栗鼠へと歩を進めていたファニィは、銅像の隣から大きく手を振る者の姿を見つける。見慣れた服装でこそなかったが、体格や口元を見る限り、樟葉本人であろうと察しがつく。

「少し早かったデスカネ?」

「さっきこっち見たよね!?」

 銅像の元に辿り着いてから白々しく周囲を見回すと、即座に樟葉からの指摘が入った。間髪入れぬ勢いに口角を持ち上げたファニィは、愉快そうに笑いながら軽く頷いてみせた。

「イエローボォイがノーイエローデシタので軽く弄ってみようかと」

「何か喋り方も相俟って凄いおちょくられてる気がするんだけど」

「拙者はイエローボォイの格好が気になりマスヨ」

 樟葉の頭の先から徐々に降りていく視線は、すらりと健康的な足を伸ばすミニスカートの裾で止められた。以前から樟葉の性別をどちらとも判別出来ていなかったファニィは、彼は少女だったのだろうかと軽く首を傾げる。

「何か変? 似合ってない?」

 ファニィの疑問を意に介していないのか、それとも単純にからかっているだけなのか。樟葉はその場で身を翻し、問いを投げてくる。ふわりと舞ったスカートの裾が静かに下りるのを待ってから、兎は長い耳を揺らし肩を竦める。

「とてもナイスだと思いマスガ、ガールだったのデスカ?」

「その目で確かめてみる?」

 悪戯な笑みを浮かべながらスカートの裾を持ち上げる樟葉に対し、とても爽やかな笑みが返された。ファニィは同時に、立てた親指を勢い良く目の前の相手に突きつける。

「イエス! ドゥーイット!」

「少しは止めて!?」

* * *

 一通り漫才のような遣り取りを経て、二人は露店の並ぶ通りを歩いていた。ファニィの右腕は樟葉の左腕に絡め取られている。特に悪い気がするものでもないが、少々不思議な心地にもさせられていた。樟葉の意図が読み取れない。まさか単純に遊び相手を求めたわけでもないだろう──そう勘ぐってしまうのは、場所柄を考えてもおかしいことではないはずだ。
 内心で首を傾げるファニィの目に、少し前を、組んだ腕を引くようにして歩く樟葉の背中は、ただ楽しそうしか映らない。

「ヘィ」

「んー?」

「コレからドウしマスネ?」

「とりあえず服とか見てー……お昼食べてー」

「……デートみたいデスネ」

「兎さんは何をしにきたつもりだったのかな」

「デート、デショウカネ」

「だよね」

 上手く流れの先に立てないことを胸の内で苦笑しながら、自由な右手で頭を掻く。多少悪戯なところを見せつつも、根は明るい子供にしか見えない。そんな相手に対して変に裏を読もうとするせいで、かえって空回ってしまっている。
 そんな心情を知ってか知らずか、樟葉は急に組んでいた腕を解くと、一軒の露店へと足早に向かっていった。ファニィも一歩遅れた距離から後に続き、自分より少し小柄な身の肩越しに並べられた商品を覗き見る。

「ソレ、女物デスヨネ」

「んー。せっかくだし孤島にバカンスに来てる身としてはやっぱり海、水着だよね」

「デスカラ、ソレどう見ても女性用デスヨ」

 ファニィの声が届いていないのか、樟葉は尚も一人で何事か呟きながら、あれこれと水着を手に取って見比べている。そのどれもがやはり女性用であり、再び樟葉の性別に対する疑問が湧いてきた。

「セイベツは置いても似合わないと思いマスヨ」

「何! 胸か! やっぱり胸か!」

 樟葉がビキニを手にしているところを目撃すると、先の思案も忘れて余計なことを口走ってしまう。本来から物事を難しく考えるよりも、当たって砕けろという勢い重視で動いている為に、視覚から得た直接的な情報が優先されてしまった。
 痛いところを突かれたらしい樟葉の反応を見ていれば、自然と楽しげに肩も震えてしまう。
 ファニィは笑い出しそうになる声を喉で殺しながら、続けて樟葉の平らな胸元を指差した。からかうように首を傾げながら、ひょいとおどけた調子に肩を竦めてみせる。

「ビキニがサッドなことになりますね」

 二度目の指摘を受けた樟葉はビキニを元に戻し、代わりに新たな水着を手に取って振り返る。

「ところで、このどう見ても紐な水着を買ってプレゼントしたら着てくれる?」

「ノゥサンキュー」

 三本目の煙草を咥え、火をつけぬまま唇で先端を揺らす。幾つかの疑念は未だ残るものの、とりあえず賭場で完敗した鬱憤だけは晴らしておきたいという思いもあったのかもしれない。少しだけ軽くなった心地のままに空を見上げてみると、太陽は何時の間にか頭上高くに昇っていた。

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