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Funny's Diary #003 2007.07.13

何か凄い遅れに遅れた罰日記@樟葉さんと遊びにいくよ編。
実に前編から一ヶ月も経っての後悔とかもうね! 誤字空気読みすぎ!
ちなみに前編は
こちらです。



 それにしても、よくくっついてくる子だ。相変わらず右腕を樟葉に捕らわれたまま、ファニィはぼんやりとした感想を抱いていた。少々暑苦しくも感じるが、振り払う程でもない。ただ、そうしたいようだから、そうさせていた。樟葉に言わせれば、雰囲気が大事なのかもしれない。
 時刻は正午を少し過ぎた頃、簡単な昼食を済ませた二人は飲食店の並ぶ通りをぶらついていた。同じく食事を求めてきたのだろう人々が行き交う中、堂々と道の真ん中を闊歩する樟葉とファニィは傍迷惑な存在かもしれなかったが、どちらにも気にしている素振りは見受けられない。樟葉は先程購入したスナック菓子の袋を摘んでおり、ファニィは遠くの空を眺めてばかりいる。

「そういえば」

 特に何を話すでもなく歩き続けてから数分が経過したところで、不意にファニィが口を開いた。昼食前に何軒かの店に連れ回されていたが、彼……だか彼女だかは、結局何も購入してはいなかった。特に引っ掛かることでもないのだが、誰かと一緒に居るときに黙ってばかり居るという状態も、少しばかり居心地悪く感じていたせいもあるのだろう。
 問われた樟葉はきょとんと目を丸めた後、頬の筋肉を緩ませ、満ち足りた表情を浮かべてみせる。

「お金無いしねー。ウィンドウショッピングってやつ?」

「ソレでイイのデスカ?」

 この孤島で使用される通貨は然程手持ちが無いものの、予め持ってきていた外貨ならば余裕もある。そう高い物は無理でも、ねだられれば何かしら買い与えても良いかと、ファニィはそう思っていたのだが。そんな心情を感じ取っているのか、樟葉は少しの間、考え込むように首を捻っていた。

「んー、一人で眺めるより楽しかったしー……」

 声は途切れ、また少しの間が置かれる。それから言葉の続きを発する直前の表情を見て、ファニィは眩そうに目を細めた。或いは羨望か懐古に近い情動だったのかもしれないが、一瞬の揺らぎを感じさせただけで、本人にも理解出来ないままに消えてしまった。

「手に入らないけど欲しいって思ってる時が一番幸せだと思うから」

 少なくとも表面からは、後ろ向きな感情の言葉とも思えない。言い切る樟葉の表情を見て、今度こそはっきりと羨ましく思っていた。同時に、胸の内に抱いていた疑念が霞み、消えていく。口の端に咥えたままの煙草を軽く揺らし、ファニィはそれとなく視線を逸らした。

「ソーいうものデスカネェ」

「そおいうものなんです!」

 実感湧かぬ振りを装うファニィの声に、樟葉は力強く頷いて返した。自然と零れる笑みに合わせて、黒い垂れ耳が揺れる。スペードとハートのピアスが小さな金属音を立てて踊る。
 尚も続けて洩れそうになる笑いを噛み殺しているせいで、小刻みに肩が震えてしまっていた。
 これで二敗目だと、胸の内で呟く。待ち合わせから妙な勘繰りを続けていた自分に対して、これまでの時間を純粋に楽しんでいたのだろう樟葉に白旗を上げた。

「さてと、ちょっと野暮用済ませて来たいんだけど、ちょっと待っててくれる?」

 絡め取られていた右腕が解放される。ついでに、葛葉が持っていたスナック菓子の袋を押し付けられそうになる。その動きを自由になったばかりの右手で制し、舌を鳴らしながら、立てた人差し指を左右に振ってみせる。

「散々付き合わせておいてソレは無いデショ? 拙者だけウェイトしているのも嫌デスカラ」

 少しだけの身長差を埋めるように身を屈めてから、唇の端を持ち上げて意地悪な笑みを浮かべてみせた。そんな表情を見た樟葉は、溜息こそ零すものの、嫌がっているような素振りは見受けられない。今朝から変わらぬ軽い調子で肩を竦め、差し出していた菓子袋を抱え直す。

「んもー、良い歳して我侭な兎さんだなぁー」

「誘っておいてナンデスカその言い草は。行きますヨ」

 樟葉の調子に合わせた軽い声で言うと、ファニィは先立って歩き始めた。どこに向かうのかも解らぬまま数歩進んだところで、背に樟葉の声を受ける。

「目的地知らないのに勢いで先に行かないよーに、ってそこ右!」

「ハイハイ、コッチデスネー」

 不真面目に呆けた声で返事をし、足を止めて樟葉が追いつくのを待った。隣に並んだところで、自分から左腕を差し出してみる。これまでの負けを取り返すには時間が足りないかもしれないが、それでも出来る限り楽しんでやるのだ。
 子供じみた対抗心を胸に抱きながら、腕を組まないのかと、ファニィは挑発するように笑ってみせた。

* * *

 薄暗い店内は煙草の匂いに満たされていた。決して立派とはいえない内装を見回しながら、大きく息を吸い込む。寂れた建物の空気は、不思議と気持ちを落ち着けてくれる。
 静かに瞼を落としたところで、店主の怒号が天井の裸電球を揺らす。紫苑から騒々しいと小言を貰うことがあるファニィも、やはり他者の発する大声は少しばかり苦手であった。両手で兎耳の根元を押さえながら、堪らずに顔を顰める。

「煙草、デスカ?」

 カウンター越しに店主と遣り取りしている樟葉の後姿へと歩み寄り、首を傾げながら尋ねてみた。
 小さく声を発して振り返る樟葉は、手にしていた煙草のパッケージを見せてくれる。くすんだ淡い緑色の紙箱に、二羽の蝙蝠が並んで飛んでいる。特徴的なデザインは、すぐに名前を思い出させてくれる。

「ゴールデンバット、私のお気に入り~……主に値段面で……」

「拙者ソレ実際に吸ってるヒトと会うの初めてデスヨ」

「ははは、そりゃぁねぇ」

 最後の一言が無ければ渋い趣味をしていると褒めたいところだったが、やむにやまれぬ事情を聞かされては苦笑するしかない。その反面、同じく苦い笑みを洩らしながら小銭を探る樟葉の姿は、少しばかり可愛らしく思えた。
 だからだろうか。支払いを済ませようとする樟葉の手首に左手を重ねて止める。疑問符を浮かべている樟葉に対して軽く笑ってみせてから、右手で取り出した小銭をカウンターに置く。

「コレくらいなら、記念に拙者からプレゼントしマスヨ」

「ケチー、どうせならもう少し高いのにしてよ」

 途端に樟葉の口元が緩んだ。ちゃっかりした子だと内心で笑いながら、白々しく目を細めて睨みつける。

「ソーいうことならプレゼントはナッシング、デスガ?」

 一箱分の代金も切実なのだろう。ファニィに脅迫に対し、樟葉は慌てて前言を撤回する。
 プレゼント、と呼ぶには実際飾り気の足りない代物ではあったが、とりあえずはこれで年上としての面子も保てたことになる。別に偉ぶるつもりもなければ、煙草一個で貸し借りを言うつもりも無かったが、何となくファニィ自身も満足出来たから良しとしておく。
 そして店を出る間際には、再びの怒声が鼓膜を叩く。さすがに弱った顔で耳を押さえるファニィを、隣に並んだ樟葉が面白そうに観察していた。

* * *

 遊泳の時期にはまだ早いようで、海辺の休憩所は随分と静かなものだった。ちらほらと離れた位置に見える人の影が地面に長く伸びている。沖から吹く潮風が昼の熱気を冷ますのに丁度良い涼しさで頬を撫でていった。
 ファニィは海と休憩所を仕切る柵の手前に立ち、ぼんやりと寄せては返す波を眺めていた。もうじき日が暮れる。水平線の向こうに沈む夕陽の半円も大分小さくなっていた。
 潮風に乱された前髪を手櫛で整え、咥えたままの煙草に火を灯す。マッチを擦ったとき独特の香りが僅かな間、鼻先を漂っては風に流されていく。傍らでは柵に腰掛けた樟葉が、新しい煙草の封を切っていた。

「今日はお疲れ様、いやーお付き合いありがとーね」

 労いの言葉を受けて、おどけるように肩を竦める。これも仕事だと返すと、樟葉は両切り煙草の吸い口を潰しながら軽い笑みを零した。何となしにその手元を観察して、慣れたものだと感心する。
 そんな樟葉だったが、いざ煙草を口に咥えたところで「あ」と抜けた声を発し、そのまま動きを止めてしまう。

「ドウかしましたカ?」

「火、忘れた。……貸してもらっていい?」

 ポケットに仕舞いかけたマッチ箱を差し出したが、樟葉はそれを受け取らず、代わりに小さな手招きを返してきた。何かと思い怪訝な表情を浮かべたものの、疑問を問いはせず、指示されるままに樟葉と向かい合った。
 軽く腰を折り、樟葉の座高に視線の高さを合わせる。流れる髪を押さえながら、これでいいのかと確認する為に首を傾げてみせた。動きに伴って、耳につけたピアスが微かに音を立てる。

「ちょっと御免ねー」

 断りの声に続き、樟葉が顔を寄せてくる。不意の接近に身を引きこそしなかったものの、軽い驚きにファニィは目を丸くする。
 ジ。互いに咥えた煙草の先が触れ合って、掠れた音が聞こえた。時間にしてほんの一秒程の間、無言で青い瞳と見つめ合う形になる。涼やかな色の向こうに心根を探してみたが、結局は何も見つかりはしない。樟葉は相変わらず楽しそうに、緩い笑みを浮かべたままだった。

「ん、ありがと」

「マッチ一本くらい良かったのデスけど」

 呑気な声で礼を言う樟葉に対し、柔らかな苦笑を交えて返す。ゴールデンバットの煙が鼻先を擽ったところで背を伸ばし、緩く溜息を洩らした。結局のところ最後まで主導権を取られっ放しで、まるで自分の方が不慣れであったようにすら感じられる。
 ああ。それでも今日は一日楽しかった。もうすぐ別れることを少しでも惜しいと思っているのだから、その感想は本心なのだろう。ファニィは苦笑を微笑へと転じながら柵に腰を降ろした。隣ではまだ樟葉が軽口を続けている。

「で……私としては、やっぱりビキニも捨てがたいと思うわけで」

「……まだ言いマスカ」

「あの紐みたいなみず」

「ノォサンキュ、デスヨ」

 言葉を数度投げては受けてとしているうちに、互いに咥えている煙草も随分短くなっていた。自身の吸殻を携帯灰皿で潰し、隣へと差し出す。樟葉の煙草から昇る煙が途絶えたことを確認してから灰皿を仕舞い、立ち上がって大きく伸びをする。赤く焼けていた東の空も今は紫色の冷えて、夜が近いことを知らせている。

「ソレじゃ帰りマショウカ」

 ファニィが先に促し、昼に待ち合わせていた公園までの道を戻る。辺りは既に暗く、噴水の散らす水滴が照明に照らされて輝いていた。両手をポケットに突っ込んだまま、ぼんやりとその光景を眺めていた。

「じゃ、また賭場でね」

 樟葉から別れを切り出してきた。肩越しに振り返り、ファニィは唇の端を愉快そうに持ち上げてみせる。

「次は負けマセンからネ」

「そいつは楽しみ。次の罰ゲーム考えておくね」

 売り言葉に買い言葉のやり取りを経て、軽く肩を竦めた。ゆっくりと振り返り、踵を鳴らして直立の姿勢を取る。そのままの流れで丁寧に一礼をし、上げた顔で葛葉の表情を真似、緩い笑みを浮かべてみせる。

「デハ、又のご利用お待ちしておりマス」

* * *

 野営地に帰る頃には、すっかり日も暮れてしまっていた。所々に獣の息遣いを感じながら、それでものんびりとした歩調は崩さない。急ぎ足で帰っては余韻も何も無いと考えて、自らの思考に苦笑いを零す。

「おかえりなせぇ。お楽しみになられやしたか」

 気が付くと、チュンが道端に佇んでいた。シルクハットの鍔を持ち上げて、サングラスの奥からじっとファニィを見つめている。
 ほんの僅かな間を置いて今日一日を振り返り、笑みをもって返答の代わりとする。基本的に物事に動じるタイプではないチュンは、意外そうに瞬きをする。それも一瞬のことで、またすぐに日頃の堅物な表情を取り戻してから、一度深く頷いてみせた。

「お疲れ様でやした。姫が夕餉の支度を済ませてやすんで、お急ぎくだせぇ」

「あィあィ」

 チュンと並び野営地へと戻る。焚き火を背にした小さな少女と、本を読んでいた白い兎が顔を上げる。ミーネからは夕食の出来を、紫苑からは遊び歩いていたことに関する小言を同時に聞かされ、ファニィはやれやれと言いたげに肩を落とす。
 逃げるように逸らした視線の先では、未だに争っている部下の姿があった。

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