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Funny's Diary #005 2007.10.04

ソロサバス戦前の死亡フラグ日記。実際はフラグばっきばき。
殆どの人には意味不明かもしれないのは仕様となっております。




【PM以外には意味不明かもしれない死亡フラグまでの解説】


 地上から遺跡内部へと戻り、緩やかな砂地の斜面を進む。細かな砂粒がどこかから吹く風に流される衣擦れにも似た音が心地良い。頭上を見上げ、煙の輪を一つ吐き出す。視線の先には、地下だというのに澄んだ青空が広がっていた。
 何度見ても違和感を覚える景色だった。けれど、それも数日過ごせばまた馴染んでしまうのだろう。

 今日はミーネも紫苑も居ない。舎弟の兎達も、この島で出会い行動を共にするようになった傭兵達の所へ出かけている。完全に一人きりになるのは随分久しぶりだと思えた。時計を確認したファニィは、まだ合流までに十分な時間が残されていると知り、さて、と考え込む。
 賭場を開くには少し早い。何時も通っている喫煙所に行っても、まだ誰も来ていないだろう。いっそ今日の目的地まで足を伸ばし、現場の下見をしておこうかという案も浮かんだ。けれど結局はそのどれを選択するでもなく、またのんびりと歩き始めた。

 今回の探索における最大の目的は宝玉の獲得──らしい。冒険者達の噂話から情報を仕入れてきた紫苑、傭兵を率いるサニアの二人と話し合って決めたことだ。宝玉、と言われたとき、ファニィは一瞬何のことだか解らなかった。記憶を洗い直し、そういえばこの島への招待状にそんなことが記されていたと思い出す。そして、少々ばつが悪い思いをした。
 紫苑やミーネには、まだこの島に来た本当の理由を話していなかった。ミーネはともかく紫苑には話しておかねばと思っているのだが、今一つタイミングが掴めないでいる。地上に戻る前、二人で行動しているときを逃したことが今更ながら悔やまれた。

 思考を払い、溜息を零す。本当に、らしくない調子が続くものだ。あれこれと深く考えるよりも直感に身を任せることが多いファニィにとって、現状はあまり心地の良いものではない。自分の意思一つでどうにか出来る問題でも無いが、かといって無関係でも居られないからこそ、なかなか気も休まらない。

──お嬢を匿え。

 一月前に命じられた言葉を反芻し、難しい顔をしながら頭を掻く。ファニィにそう告げたのは、彼女がスラムで燻っていたところを拾い上げ、舎弟として迎えてくれた男だった。
 こけた頬の左に深い刀傷を残し、奥二重瞼の深みから乾いた視線で他者を見つめる。冗談の類を口にするような性格ではないが、けれど堅物というわけでもない。とある件により右腕を失っており、それ以前には雀蜂の異名を冠せられる短刀使いだった。匕首一つで粗方の厄介事は片付けてしまう。名を──

「……ァ?」

 名をヒグチという。初めて出会ったときにそう名乗られたきり、今日に至るまで、義兄弟の契りを交わしたときにすらフルネームを聞かされていない。岩陰から不意に姿を現したスーツ姿の男は、何時もと変わらぬ仏頂面でファニィのことを睨み付けていた。本人に言わせれば見ているだけに過ぎないのだが、目付きの悪さばかりは如何ともしがたい。

「よぉ」

 掠れがちの低い声は、一月離れていただけで聞き取り慣れなくなっていた。元より、登場が唐突過ぎて事態を飲み込めていない。彼がこんな所に居るはずがない。そんな暇があるはずない。また得意でもない思案を始めるところだったが、狐に摘まれたような顔をしているファニィを見て、男はすぐに言葉を続けた。

「とりあえず場所を移すぞ。……あぁ、こっちだ」

 少し先にある岩場を視線で示し、返事を待たずに歩き始める。他者の意を気にかけないところも相変わらずだった。ファニィは慌てて、大きな歩幅で先を行く背中を追う。

* * *

「ちぃとばかし不味いことになった」

 まるで密会用に誂えたように、背の高い岩が濃い影を地面に落としている。岩場の陰に身を潜め尚念入りに周囲を窺ってから、ようやく男は口を開いた。

「ァ、いや……というカ、何でココに」

「テメェの悪い癖だ……ファニィ。話は最後まで聞け」

 問う声を男に遮られたファニィは、驚いたように瞬きをする。そして先程彼がしたように、周囲を見回して人の気配を探ってみた。何も感じ取れず、息遣いの一つも聞き取れない。種族柄、聴覚には自信があった。この耳で拾えないのだから、今この場に二人だけということは間違いないだろう。少なくとも、自分達の敵である者は居ないはずだ。
 確認を終えて、奥二重の更に奥、黒い瞳を真っ直ぐに見つめる。それを頷きの代わりと解したのか、男は一瞬言葉を選ぶ素振りを見せてから話を続ける。

「まぁ、テメェはあれこれと話したところで肝心なこと以外はすぐに忘れちまうだろうからな。端的に話す。……紫苑を向こうが雇い直した、らしい」

「ブラザァが? ……マサカ」

「俺もそう思いたいが、どうにも材料が出揃っちまっててな。……所詮、アレは俺らとは違う。盃の重みなんざ関係無ぇんだろうな」

 吐き捨てる男の声に深い苦味が滲んでいた。
 紫苑は元々組織に属している身では無かった。ミーネの護衛として金で雇われたところを更に囲い込む為に、ヒグチと盃を交わしただけに過ぎない。より良い値を付ける者があれば、どう動くかは解らなかった。

「あの野郎、最近はどんな様子だった?」

「縮んだり伸びたりしてマシタネ」

「何だ、そりゃあ」

「ィや、言葉通りなんデスガ」

 要領を得ない説明に困惑し、男は小さく唸りながら腕を組む。しばらく考え込んでいる様子だったが、同じ説明を何度受けても同じだと思ったのだろう。懐から取り出した煙草に火を灯し、話を切り替える。

「まぁ、いい。で……お嬢と奴は今どうしてる。姿ぁ見えねぇようだが」

「姫と紫苑は先に行ってマスヨ。後で合流する予定になってマスネ」

「なら、その予定はキャンセルだな。少し泳がせて様子を見よう」

「その間に動いたら? 姫一人にゃ荷が重過ぎマス」

「他の連中に追わせてる。同じ星に居りゃあ、お嬢の携帯から出てる電波を探れるからな。もうすぐ連絡が来るだろうよ」

 なるほどと納得すると同時に、男が一人でここに来たわけではないと知る。考えてみれば当然の話だ。厄介者を始末するのに単独でのこのこと乗り込んでくる馬鹿も居ないだろう。相手にそれなりの力があれば尚更のこと、余程腕の立つ者で無い限りは蛮勇に過ぎない。
 ふと、右腕があった頃のヒグチならどうしただろうかと考えて、ファニィは小さく笑みを洩らした。

「どうした」

「ィや、何でもありマセン。……ソレにしても」

 可笑しく思えた想像も一瞬で掻き消えて、代わりに精神的な疲労が両肩に圧し掛かる。楽に生きられるとは思っていないが、ファニィにとって一端を支えるだけでも大き過ぎる問題だった。珍しく気弱な笑みを浮かべ項垂れると、黒髪がさらりと肩から流れ落ちる。

「疲れマスネ……ホント」

 ふらりと体が揺れ、男の胸元に顔を突っ伏すように身を預けた。不意の行動に男の肩が跳ねたが、それでもしっかりと、逞しい腕が背に回される。見た目よりも厚い胸板に額を押し当てたファニィは、ハ、と短く息を吐くようにして笑った。

「面倒も今の内だ。お嬢を跡目に据えりゃ、それで終ぇだよ」

「──アニキ」

 細く呼ぶ声に応じて、身を抱く男の腕に力が篭る。少し息苦しい程の窮屈さが、胸の奥の決心をより強固なものにする。胸を潰されて肺腑の内から吐息を緩く押し出しながら、静かに拳を握り締めた。

* * *

 賭場の進行など軽い用事を済ませる為に一度別れ、再び合流したファニィ達の目の前では奇妙な攻防が繰り広げられていた。サバスと呼ばれている男が歩行雑草を抱き締めようと必死になり、それを止めようと三角帽子を被る少女が躍起になっていた。

「何でぇ、ありゃあ」

「……あァ……サバスとかいう野郎デスネ。通り掛かるモンを無差別に襲うンだとか」

「不味いな……急いでるってのによ。ファニィ、頼めるか……俺は先に行く」

「……あィよ。スグに追い付きマスから」

 駆けていく隻腕の男を見送り、ナイフを構えてサバスと対峙する。火を灯したばかりの煙草から昇る煙を目で追いながら、ファニィは小さな声で呟いた。

「スグに……追い付きマスからネ、アニキ?」


【29日20時〆切り時に書かれたTBS感謝祭の感想文は廃棄処分です】

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