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本更新だからという理由で姫を苛めてみた何時も通りの日記。
相変わらず自分と一部の人にしか通じないネタを混ぜてます。
瞼を持ち上げ、霞む視界の遠くに冬の曇り空を見た。少し眠ってしまっていたようだ。腕時計の針を確認し、寝過ごしていないと確認して安堵する。
寒さに重くなった体を起こし、控えめながら伸びをして強張りを解す。鼻先に、冷たいものが触れた。
道理で寒いはずだ。厚い雲の垂れ込める空から雪が静かに降り落ちてくる。薄暗い中で眺める雪景色に、昔のことを思い出した。赤く空を焼く建物から舞った火の粉が、冷えて灰となり降り注いでいた。窓から顔を出して神を呼ぶ子供の声は今でも耳にこびり付いていたが、もう何の感慨も覚えなくなってしまった。
懐から煙草を取り出し、口に咥えて火を灯す。大きく吸い込んだ煙が、眠る間に乾いた喉を掻いていく。
もうそろそろ頃合いか。いや、一服するぐらいの時間は許されていいだろう。周囲に物音を立てるものは無く、秒針の歩みを聞きながら寝起きの煙草を楽しんだ。
──さて。
運に見放されないようにと祈り、バックから仕事の道具を取り出す。岩場に身を潜め、スコープを覗き込む。森に沿う小川の流れを遠くに見た。距離にして730……雪で視界が悪いが、幸いなことに風は無い。外しはしない。何時も通り、落ち着いて事を為せば終わる。
問題は誰が水を汲みに現れるか。確率は三分の二、決して分の悪い賭けじゃない。
──来た。
森の木々に紛れて、何者かが動いた。白か、黒か……大当たりの金ならば申し分無いのだが。神経を研ぎ澄まし、視線の先で動く影を追う。耳だ。兎の耳が揺れている。色は……黒。
引き金に指を掛けてから一瞬、心地良い震動が全身を駆け抜けていき、空気を揺らす。的確に捉えた。確実に獲った。聖なる日の贈り物は、彼女の立つ方へと真っ直ぐに飛んでいく。
──まずは一人、これでさようなら。
* * *
遠くに空気の鼓動を聞いた。遅れて銃声が鼓膜を叩く。音を裂き、殺意が胸を貫く。あまりに突然の出来事で、転げて逃げることも出来ず、ただ呆然と立ち尽くしていた。一秒、二秒。辺りは静まり返り、目の前に流れる川のせせらぎだけが聞こえていた。
狙われたのは自分じゃなかったのか? 疑問符を浮かべながら、胸元に手を当ててみる。まだ生きていた。外傷どころか、ちくりとも痛まない。恐る恐る振り返ってみても遠くに高い崖を眺めるだけで、そこに襲撃の痕跡を見つけることは出来なかった。
* * *
水を汲んでキャンプに戻り、挙動不審なコマの首根っこを掴む。見世物の一つに逃げ出されては堪らない。身動き出来ないよう念入りに縛りつけ、簀巻き状態にして地面に転がしておく。
「今日一日コマを借りマスヨ、ひーめ」
予めミーネに許諾を取り、賭場に出かける支度を始める。今日は年に一度の聖なる日……昔、そういう風に聞いたことがある。実際にどういうことをすれば良いのか、何が起こる日なのかということには詳しくない。
バタークリームのケーキと、朝、目を覚ましたとき枕元に置かれていた駄菓子の詰め合わせを何となく憶えている。甘いものなど好きに食べられる身分でもなかったから、それだけで幸せに思えたものだ。
けれど、それで完全に満足していたかといえば、そうでもなかった。他所の家の大人が大きなプレゼントの箱を抱えて歩く姿に憧れもしたし、通りの洋菓子屋に並べられた白い生クリームのケーキを一度でいいから口にしてみたいと思っていた。
そこで、ふと考える。クリスマスをする……そう宣言したはいいけれど、自分は何をしたら良いのだろう。
頭の中にある『クリスマス』という行事の知識を寄せ集め、真っ白な紙に書いてみることにした。
* * *
四「姐御はまだお出掛けにならねぇようだな」
六「賭場の方は既に準備も済ましちまってるんだが……どうしたもんか」
七「てぇか、そもそも姐御は何をなさってるんだい」
八「……さぁねぇ。さっきから紙と睨めっこしたまんまだ」
五「よっしゃ。俺がちょいと覗いてくらぁっ」
*
三「おう、どうだったい」
五「いや、よく解らねぇが」
四「何でぇ、もったいぶってねぇで教えてくれよ」
五「……鬼を描いてらっしゃった」
六「……何のために」
七「よっしゃ。今度は俺がちょいと聞いてくらぁっ」
*
三「おう、どうだったい」
七「いや、よく解らねぇが」
四「何でぇ、もったいぶってねぇで教えてくれよ」
七「クリスマスを描いてらっしゃるらしい」
五「待て待て。俺が覗いたときにゃ鬼を描いてらっしゃったんだぞ」
七「あぁ、俺も見た。ありゃあ確かに鬼以外の何者でもねぇ」
八「えぇい、これじゃあ埒があかねぇ。俺がもいっちょ聞いてくらぁ」
*
三「おう、どうだったい」
八「……いや、よく解らねぇんだが」
四「てめぇまでそれかい。もったいぶってねぇで話しやがれってんだ」
八「……魔王を口ずさんでらっしゃった」
七「魔王ってなぁあれかい、あのお父さんお父さんっていう歌の」
二「何でまた……」
七「隅っこの方に樟葉の嬢ちゃんっぽいのも描かれてたな」
六「樟葉の嬢ちゃんってぇと、今日は聖歌隊を務めるって話だが」
一「……もしかして姐御は、クリスマスってもんを知らねぇんじゃないのか」
四「…………」
*
二「おいコラ、イーッ! てめぇは姐御を馬鹿にしてやがんのかい!」
一「俺だってこんなこたぁ言いたくねぇさ! だが見ちまったんだよ!」
三「見ちまったって何を!」
一「クリスマスには赤ら顔の親爺が必要ってんで、ナマハゲの衣装を用意してたんだよ」
五「……つまりアレかい。俺が見た鬼の絵は、ナマハゲだったってことかい」
四「そういやぁ俺も見たぞ。ソニアの姐さんにって雪だるまの衣装を用意してた」
二「いや雪だるまぐらい居てもいいじゃねぇか」
一「ナマハゲは」
二「…………」
八「てぇへんだ!」
二「どうした!」
八「姐御がクリスマスを描き終わったらしい! ……姫に見せるつもりだ!」
三「不味い! 不味いぞ! このままじゃあ姐御の心に傷がついちまう!」
四「よぉおおっしッ!」
*
姫「がぼっ! がぼっ!」
三「ばっきゃろう! 幾ら何でも川に突き落とす奴があるかよぉ!」
二「がぼがぼ言ってらっしゃるじゃねぇか馬鹿野郎ォ!」
四「安心しねぇ! この年頃の娘は川に落ちたらがぼがぼ言うもんと決まってんだ!」
五「そ、それなら大丈夫だな!」
八「てぇへんだ!」
二「どうした!」
八「今度はチュンの兄貴に見せるつもりだ!」
三「不味い! 不味いぞ! 兄貴にも冗談は通じねぇからな!」
一「よしいけスー!」
四「じょ、冗談じゃねぇ! 殺されちまう!」
* * *
差し出された紙を受け取ったチュンは、じっとクリスマスの絵を見つめていた。棍棒を手に暴れ回る鬼面の男と、恐ろしい顔をして歌う狼の子、大きな雪だるまは手当たり次第に飴を振り撒いている。紙面の中央には人物よりも大きなケーキが据えられ、十本もの蝋燭が立てられている。
まるで子供の落書きだった。描かれている人物の大きさもばらばらで、線の一本を取ってみても乱雑に過ぎる。しばらく黙ったまま絵を観察していたチュンは、サングラスの奥で円らな目を瞬かせ、ゆっくりと頷いてみせた。
「クリスマス……でやすか。よく描けてると思いやすよ」
「そォデショ、そォデショ。今日はこんなカンジに盛り上げてイきマスからナッ」
「楽しみでやすね。じゃあ、そろそろ出掛けやしょうか」
「アィよッ。ソレじゃオマエ達、コマの運搬を頼みマスネッ」
遠巻きに眺めている部下達に手を振り、賭場へ向けて歩き出す。日も少し高くなり、寒風も幾らか和らいでいた。
* * *
女の胸を射抜くはずの弾丸が空中で制止した。覗き込んでいたスコープから顔を上げる
視線の先に信じられないものを見る。二つの影だ。機械の翼を背に持つ少女に、小さな羊が抱かれている。一瞬前に放った銃弾は、その前足の蹄に受け止められていた。
「……女性を後ろから襲うなんて……破廉恥な行いだとは思いませんか?」
少女は栗色の髪を揺らし、静かに問うてくる。返す言葉すら浮かべることが出来ず、ただ黙って見つめているしかなかった。額を嫌な汗が伝い、喉が渇く。岩陰に伏せた姿勢のまま、身を起こすことすら出来なかった。
「ハはハはハレンチなのはお前の方だメー!(;巴`;@」
少女の腕に抱かれた羊が、堪りかねたように声を荒げた。蹄と蹄の間に挟まれていた銃弾が、音も無く眼下の森へと落ちていく。
「ぼぼぼくの漆黒のダイヤモンドことナイス☆蹄鉄だから受け止められたようなものの、並の羊なら間違いなくプリティボディに風穴ァああああぁぁぁぁぁ……!?(;巴`;@」
銃弾の後を追い、手を離された羊が森へ落ちていく。真っ白な体毛に包まれた体も、すぐに枯れ木の波間へと消えていった。
今の内に。銃を構えようとする腕は凍り付いたように硬く、引き金に掛けた指先はぴくりとも動いてくれない。背の機械がどういう仕組みの物かは解らないが、その姿は決して恐怖の対象となり得るものではないにも関わらず、不思議と体の震えが止まらなかった。
「何者だ……てめぇ」
「答える必要は、無いと判断します。……教えても、すぐ無駄になりますから」
ゆっくりと、音も立てずに近づいてくる。声や表情から、些細な感情すらも読み取れない。まるで最初からそうして造り固められた像のように、少女は眉一つ動かさずにいた。
靴の爪先が崖の縁に触れ、彼女は地に降り立つ。そっと伸ばされた指先は白く、頬に触れると熱を奪われるような錯覚に陥った。
「知りたいのでしたら……どうぞ、探り返してみてください」
彫像のように微動だにしなかった表情が僅かに微笑む。最後に見たその顔も闇に飲まれていった。体の中に、何かが入り込んできているようだ。思考の流れが断たれ、何も考えられない。脳裏を過去の様々な記憶が過ぎっていく。そのどれもが黒く霞み、やがて自分に解ることは何一つ無くなってしまっていた。
* * *
「珍しいッスね、お前が人助けなんて」
森から伸びてきた石柱には、茶色の体毛を生やす犬の顔が張り付いていた。その不思議な生き物は口に咥えていた羊を地面に降ろし、怪訝な様子で少女を見上げる。
彼女の足下に転がされた羊は小さく丸くなり、何事か呟きながらか細く震えていた。
「知らないんですか? 善行を積むと極楽に行けるんですよ」
「不敬者は天国に入れてもらえないと思うんスけどね」
石柱犬に軽口を返した少女は、ライフルから取り外したスコープであちらこちらを眺めている。川辺には、不思議そうに首を傾げている黒い兎の姿が見えた。