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こういうときはポンポンスポポンな感じにしたいけど難しいですね。
終わった。完全に終わった。帳簿を前にして頭を抱える。本業でやらかせば鼻の穴が一つに繋がる程度では済みそうに無い大損害だ。数字を見ているだけで、こめかみの辺りがズキズキと痛んでくる。当座は適当な貼紙で誤魔化したけれど、何時までも逃げ切れはしないだろう。
南条皐月ことファニィ=ラビットは照明を落とした賭場の中、入り口を背にして座り込んでいた。その隣ではチュンと呼ばれる部下の兎が枝豆を齧っている。
「まぁ、頭下げるしかねぇんじゃないんですかい」
「随分カンタンに言うマスネッ!?」
ファニィが思わず大きな声を出しかけ、チュンがそれを手の動きで制した。賭場の外には既に人の気配が集まり始めている。設置しておいたスロットで遊んでいる者も居るようだった。
「……いや、喫煙所でもそうしてたじゃねぇですか」
「アレはアレ、コレはコレ……デスヨ」
膝を抱え、顔を突っ伏す。確かに喫煙所で炭酸飲料を撒き散らす要因となった際は、自分の謝罪──というよりも、そこを管理する薙間の機転で事なきを得た。
しかし、ここの管理者は自分である。管理者自身に粗相があったのだから、そもそも仲裁に入る余地すら無かった。
仮に土下座でもして謝ったとしよう。直後には巨乳で押し潰され、後頭部に鉄球が降り注ぎ、のた打ち回ったところに銃弾が撃ち込まれる。挙句には獰猛な肉食獣に喉笛を噛み切られたり、矢の雨に射抜かれたりして、氷柱で百舌の早贄のように串刺しにされてしまうのだろう。
「フォオオオ──」
最終的に斧で分断され、味噌を出汁に煮込まれる所まで想像し、ファニィは苦悶の声を洩らしながら両手で顔を覆う。とてつもなくスプラッタだった。大変だ。
こんなことになるなら、面白半分で挙式なんかさせるんじゃなかった。勢い任せにデートなんか命じたことを後悔する。川に流すなんて言ってゴメンナサイ。後悔先に立たず。因果応報。紺屋の白袴。昔の人は賢いのだなと感心する。
「紺屋の白袴ッてどォいう意味デシタかネ」
「他人のためにいそいそ働いて、自分のことが後回しって意味だったと思いやすよ」
「……間違ッテタ」
「……何がでやすか」
前言撤回。紺屋の白袴を考えた人には特に感心しない。そんな無駄なことばかり考えている間にも、扉の向こうには続々と客が集まっているようだった。夜逃げだ何だと言う声も聞こえてくる。……追い込みを掛けられそうだ。
──困っているようだな。
絶望に打ちひしがれていると、不意に頭上から声が聞こえた。顔を上げてみると、天井一杯に中東の石油王らしき男の顔が浮かび上がっている。
「……将軍サマ」
「あん?」
ファニィの様子を横目に見て、チュンも同じく天井を見上げる。裸電球が吊り下げられているだけで、何時もと変わった様子は見られない。
──我輩に良い知恵があるぞ。
「是非聞かせてクダサイ」
「……姐御?」
──キサマが昨日、客に何を配ったか考えてみろ。
「カラァボール……デス。全二十四色のユカイなトイでありマスネ」
──そこに答えは出ているではないか。
「……言ってるコトがヨク解りマセンネ、将軍サマ」
「あっしには姐御の言ってることがよく解りやせん……」
突如天井の裸電球と話し始めたファニィを見て、チュンは呆気に取られていた。何度か天井に目を凝らしてはみるものの、やはりそこに何者かの姿を見つけることは出来ない。元々精神的に脆い面のある娘だ、ついにおかしくなってしまったか──そう危惧する。
──奴らは今、カラーボールの魔力に取り憑かれておる。
「ボールの……魔力」
──キサマが色取り取りのボールを手にしたら、どう思う?
「誰カにブツケてみたくナりマスネ」
──それこそがボールの魔力だ。何人も抗えぬ二十四色の誘惑。
「……ッ、つまり今ナラ謝ッてもボールをブツケられるダケで済むんデスネ!?」
「姐御ッ!」
──愚か者めッ!!
賭場の中を埋め尽くすような怒声が轟き、ファニィは驚き首を竦める。その声を聞いていないチュンが、彼女の肩を掴んでがくがくと揺さぶる。当然ながらファニィの頭もがくがくと前後に揺れる。
その動きの中で、ファニィは石油王の声に耳を傾け続けた。以前告知していたガオーなるルールを前倒しにし、カラーボールをぶつけるゲームを開催すること。自分が最後まで立っていれば賭場側の勝ちとして、かねてより提案していた持ち点のリセットを決行すること。万が一客側が勝った場合も、使用したボールを差し引いた分の点棒のみを配れば、こちら側の損失を抑えられること。
「スゲェーッ! 将軍サマったらスゴ過ぎマスネ!」
「落ち着け皐月ィ!」
びたんびたんとチュンの小さな前足が幾度もファニィの頬を叩く。白い頬に肉球の痕を幾つも残しながら、ファニィは興奮に打ち震えていた。これならばいける。間違いない。
──あとは……仲間を二人程、客側から強引に捕まえれば良いだろう。
「拙者一人じゃスグに倒れちまうかもシれマセンからネ!」
──解っているじゃないか。もう言うことは何もない。
「アリガトォゴザイマスネ、将軍サマ!」
──うむ。……武運を祈っているぞ──ヌーディストビーチ。
「ヌーディストビーチ!」
勢い良く立ち上がったファニィに跳ね除けられ、チュンはころころと床の上を転がった。ずれたサングラスを直した後に彼が見たのは、瞳を輝かせながら天井に拳を突き上げているファニィの姿だった。
* * *
先程までの悩みや恐怖は嘘のように消え失せていた。胸中は勝利の確信に満ち、体も軽くなったように感じる。行かねばなるまい。主催者の登場を待つ客の下へ。自分は──私は、兎の賭博場を管理するもの──ファニィ=ラビット。
両手でドアを押し開く。馴染みの顔がそこに並んでいた。彼らを、彼女らを、何時もよりも晴れやかな笑顔で迎える。
──貴女の今日のラッキーカラーは青ですわ。
ありがとうマダム。最後の助言に溢れそうな涙をぐっと堪え、丁度手近な場所に居た何か青いものを二つ無造作に掴み取る。
「エヴリワンにお知らせがありマスネ!」
前置きし、今日のルールを告げる。無数のボールが自分と、自分が取り押さえた二人に向けて投げつけられた。
「──イ゛ヤ゛ァアアアアアアアアアッ!?」
我に返った。