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「忘年会で更に忘れたいことが増えていく一年の締め括り」
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Funny's Diary #009 2008.02.08
延期に助けられて書き足した日記ぺたり場。
前々から書こう書こうと思って書けていなかった過去ファニ話でした。
当分は過去話を時系列切り貼りでチマチマやっていこうかとかとか。
ぶっちゃけると癖の無い口調が凄く楽だったんですっていう。






 視界一面に真っ青な空が広がっていた。頭上を見上げてみるのは数ヶ月振りに思える。雲一つ浮かんでいない晴天の空を眺めていると、足下の地面が溶けたチョコレートみたいに、ぐにゃりと歪んで感じられた。
 視線をゆっくりと下ろす。目の前には高いコンクリートの壁と、錆びついた大きな門扉が見える。手で押してみると、重々しい見た目に反してあっさりと開いてしまった。こんな所から早く立ち去りたい。常々積み上げてきた思いとは不釣合いの容易さに、自然と笑みがこぼれてしまう。
 けれど、この足はぴくりとも動いてくれない。ほんの数歩歩めば外の世界だというのに、まるで自分の体ではないように言うことを聞いてくれなかった。数ヶ月の間に歩き方さえ忘れてしまったのだろうか。
 しばらくそうしていると、後ろから背中を押された。地面に縫い付けられていた靴底が無理矢理剥がされて、つんのめりながら数歩前へと進む。感慨も何もあったものじゃなかった。乱暴に閉められる門の音を聞き、軽く肩を竦める。
 周囲を見渡してもあるはずの迎えは無く、ただずっと遠くまで真っ直ぐに道が伸びているだけ。人の姿も見えず、車の一台も通りはしない。空に鳥の姿でもあれば良かったのに、外の世界は耳が痛くなるぐらいに静かだった。

 足下の石を蹴飛ばしながら、右手の方へと進む。コツ、コツ。地面の僅かな凹凸に足を取られて右往左往する小石を追い掛ける。当然ながら自分も右に左に体を振ることになり、歩みは一向に距離を稼げないでいた。
 コツン。何度目か蹴り飛ばした小石が、何かに当たって足下に戻ってくる。足下にばかり向けていた視線を前に移す。小石がぶつかったのは小さな屋台の足だったようだ。そういえばさっきからお腹の空く匂いがするなと感じていた。
 暖簾を捲くって中を覗き込む。サングラスをかけた一羽の兎が、難しい顔をしながら新聞を読んでいた。その兎は不意に明るくなった手元に気付いたのか、面倒臭そうに顔を上げる。

「何だい嬢ちゃん、一人か? どこから来た?」

 あっちから。今しがた自分が歩いてきた方向を指差す。それで理解してくれたらしい兎は、新聞を畳みながら鼻先で座れと促してきた。お金なんか持っていない。そう言おうとしたけれど、兎はこちらのことなんかお構い無しに背を向けてしまう。仕方が無いので木製の長椅子に腰を降ろす。
 ラーメンだ。兎の手元を覗き込み、何を出す店なのか理解する。途端に空腹を堪え切れなくなって腹の虫が鳴いてしまった。振り返った兎が、笑うように肩を揺らしてみせる。

「ほれ。食いな」

 目の前に丼が置かれる。ただでさえ大きな器に溢れんばかりの麺と具が収められていた。一人で食べ切れるだろうか、少し不安に思いながら割り箸を取って手をつける。
 麺を啜っている間、兎はまた新聞を広げていた。何か話した方がいいだろうかと思ったけれど、何を話せば良いのかも解らない。麺を啜る音を立てることも憚られ、出来る限り大人しく箸を運ぶ。

「迎えは来なかったのかい」

 大盛りの麺が半分程になり、少しの休憩を挟む。それを見計らったように兎は新聞から顔を上げた。けれど頷きを返すとそれっきりで、再び視線を落としてしまう。こんな辺鄙な場所で店を開いているだけあって、取っ付き辛い性格をしているのだなと思う。
 それからもこちらが一呼吸置く度に他愛も無い質問をしてきては、こちらの返事がどうであれ黙って新聞を読み進めていた。

 随分時間を掛けて丼を空にする。礼を言って立ち上がり、代金はどうしようかと尋ねてみた。兎は首を横に振り、出された時よりも軽くなった丼を引き上げる。もう一度、今度は先程よりも少しだけ丁寧に礼を言う。

「名前は?」

「……あん?」

「兎さんの名前」

 名を問う場面でも無かったけれど、何となく尋ねてみた。兎は暖簾に書かれていた漢字を指し示す。三枚の布にはどれにも等しく「中」と一文字だけ記されていた。

「……チュウ?」

「チュン、だ」

「チュン? 何だか雀みたいね。チュン、チュンって」

「よしてくれ。そんな可愛らしいもんじゃねぇ」

 それまで顰め面をしていた兎が、声で解る程度には笑ってくれた。何だか少し嬉しくなって、自分も合わせて笑う。

「……お前さんは?」

「私……? 私は……そうね。ファニィ」

「見た目に似合わねぇ名前だ」

「昔読んでたマンガにね、いたのよ。ちょっとだけ悪戯で、ひねくれてて、だけどみんなに愛されてる、とても幸せな兎の名前」

 兎は少しの間だけ考え込んで、そうか、と素っ気無い返事を返した。それから、また食べに来るといいとも言ってくれた。
 頷いて、兎に手を振り、私はまた歩き出す。数歩戻って小石を連れていくのも忘れない。コツ、コツ。その音を友達に、目の前に真っ直ぐ伸びている道を、どこまでも続いている青い空の向こうまで。

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