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「忘年会で更に忘れたいことが増えていく一年の締め括り」
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Funny's Diary #010 2008.02.16
日記ログが二桁台に乗りました。わぁい。中身は#009の続きな感じ。
ファニ子の口調が普通過ぎて書くのがラクチンです。わぁい。






 あの日以来、ファニィと名乗った娘は毎日欠かさず顔を見せに来た。身寄りを無くした以上、ただ飯にありつける場所は貴重だと思ったのだろう。難儀な話だ。少しばかりの情けを見せたが為に、余計な出費が増えてしまう。
 それでも律儀に食事を出してやる自分も自分だから偉そうなことは言えないのだが。
 今日も石を蹴る音が聞こえてきた。右手の向こうに視線を運び、歩みに合わせて揺れる黒い耳を見つける。俺は溜息を吐き出しながら、それでもやはり何時ものように彼女の為の丼を手に取った。
 コツン。屋台の脚に小石が当たる。暖簾が捲くられる一瞬に眩い光が差し込んだ。サングラスの隙間に揺れる紺色のスカートを見る。セーラー服姿の小娘が、昨日や一昨日と同じように愛想の良い笑顔を浮かべて立っていた。

「毎日飽きねぇな」

「味に飽きてもお腹は減るもの」

 初日の遠慮もすっかり失せて、多少の図々しさまで感じるようになった。飽きたのなら来なければいい。そう言おうとして言葉を飲み込む。どうせ滅多に客があるわけでもない。何もしないでいるよりは、腕も鈍らないだけ良いかもしれない。
 腰掛けたファニィから今朝の新聞を受け取る。ただ飯を食わせてやる代わりの、せめてもの対価だ。

「昨日はね、何だかとても怖い顔をした人を見たわ。そこらのゴロツキなんかより全然凄みがあってね、沢山の家来を連れてたの。何時も威張り散らしてるチンピラ連中も竦み上がっちゃって情けないったら。ほんと、笑っちゃう」

 ファニィは何時も通り、街で見たことを話題に喋り始める。それも最近の日課となっていた。食事の支度をしながら耳を傾ける。
 見るもの全てが新鮮……というわけでもないだろうに、毎日身振り手振りを交えて大仰に街の様子を聞かせてくれる。彼女なりの気遣いなのだろうか。あるいは、ただ単純に黙っていられない性分なのかもしれない。
 次から次に他愛も無い話を続けるファニィの声を聞きながら、何時の間にかそんな日々に慣れてしまっていると気付く。人恋しさなんてものは久しく忘れてしまったものだと思っていたが、生きている以上はなかなかそうもいかないらしい。

「そういえば、お前さん宿はどうしてる?」

 茹で上がった麺を何時も通り山盛りに、湯気の立ち昇る丼を出してやる。嬉々とした声で「いただきます」と言い、早速箸をつけようとしたファニィの動きが止まる。何度か瞬きを繰り返してから、結局何も答えずに麺を啜り始めた。

「見つけたんなら構わねぇさ。寒空の下で野宿なんじゃねぇかと思っただけだ」

「宿無しだったら泊めてくれた?」

「考えはしたさ」

「……溜まったラーメン代を払えって?」

「悪くねぇ話だが、ちょいとばかし無理があるな」

 同じ兎とはいえ、人の姿に近い彼女と本当にただの兎である俺では随分な体格差があった。
 もちろん、それを差し引いても本気でどうにかしようと考えたわけじゃない。彼女も解ってくれているようで、肩を竦めながら悪戯な顔で笑ってみせた。

「大丈夫よ。良い空きビルを見つけたから。電気とガスは通ってないけど、まだ水道は使えるの。素敵でしょ?」

「そいつは確かに素敵な話だな。出来ればチンピラ同士の喧嘩なんかよりも先に報告してくれりゃ、最高に素敵な話にもなったんだが」

「それもそうね。……心配してくれた?」

「……さて、な」

 はぐらかして、傍らに置いたままの新聞を広げる。ファニィはしばらく答えを聞きたそうに俺の顔を覗き込んでいたが、やがて空腹に負けたらしい。少しばかりの不満を表情に残したまま、半分に割ったゆで卵をつつき始める。

「ごちそうさま」

 しばらく沈黙が続き、食事を終えたファニィが立ち上がる。口元を制服の袖で拭う仕草が行儀悪くも思えたが、身奇麗にしようと考えているだけで十分ましなのかもしれない。
 新聞から顔を上げてみると、今日も器の中はしっかり空になっていた。軽くなった丼を下げて水に浸し、財布の中から一枚の紙幣を取り出す。

「お粗末さん。ほれ、これが今日の分だ」

「……多くない?」

「何時も通り新聞と……それから葱と卵が切れてるんでな。もしも釣りが出るようならハンカチでも買うといい」

「……うん、……解った。それじゃ、また明日」

「また明日な」

* * *

 チュンの店は街から随分と離れている。おまけに間には長い長い坂があって、毎日通うのは結構重労働だった。毎日ただで食べさせてもらってるんだから偉そうには言えないのだけれど。
 帰り道はまだ楽なもので、ゆっくりと下り坂を進む。日没も早い季節だから本当はあまりのんびりしてもいられなかった。だけど相棒を置いて帰るわけにもいかない。コツ。コツ。相変わらず右往左往してばかりの足取りに付き合っていると、街につくのは決まって辺りが暗くなる頃になってしまう。
 背後から強い風が吹く。歩道に沿って植えられた街路樹の、細い枝にしがみ付いていた枯葉が無理矢理引き剥がされた。小さな葉はそのまま風に巻き上げられて、しばらく私の頭上でくるくると滑稽に踊っていた。
 不安になって、ポケットの中に預かったお金があることを確認する。くしゃりと乾いたものの潰れる感触。枯葉と入れ替わっていやしないか、取り出してみてから安堵した。
 足下の影を長く引き伸ばす夕陽に向けて紙幣を広げてみる。……ハンカチ代、か。別れ際に聞いた言葉を思い出して、また少し嬉しい気持ちが蘇った。

 チュンは何時だって無愛想だけれど、それを加味しても十分にいい人……いや、いい兎だった。何の得にもならないのに、私にとても良くしてくれる。もしかしたら何か裏があるのかもしれないけど、あの顔から真意を読み取るのも難しい。疑っていても詮無い話だ。
 明日、新聞を渡した後にちゃんと自己紹介をしよう。何時までもファニィだなんて呼ばれているのは少しむず痒かったし、嘘を吐いたままというのも申し訳無い。

「……私の、名前は」

 深呼吸をして、口に出してみる。歩みを一度止めて、今日もまた雲一つ無い空を見上げた。

「私の名前は、南条皐月です。……えっと、改めて……よろしく?」

 最後が何だか締まらないけれど、とりあえず予行演習としては十分だ。何度か同じ台詞を口の中で繰り返してから、足下の小石を強く蹴飛ばした。相棒は珍しく真っ直ぐに坂を下り、ある程度進んでから動きを止める。その隣に、風の手から逃れた枯葉が舞い落ちた。
 早く帰らないと。寒風の中で身震いをして、少し早足に小石を追い掛ける。目指す先には、毒々しく様々な色の光を灯す街の姿が見えていた。

* * *

 あれから数日、毎日欠かさずに顔を見せに来た娘の声を聞いていない。あんなはした金を持ち逃げでもしたのだろうか。だとしたら馬鹿な娘だ。そういう風に疑ってもみたが、どことなく腑に落ちないでいる。どちらにせよ、明日の新聞は街まで下りて買いにいかなければならなそうだった。
 溜息を吐き、ぼんやりと屋台の天井を見上げる。今日はもう店を閉めようか。昼を過ぎ随分経ってから考え始めた頃、不意に目の前の暖簾が捲り上げられた。

「飽きねぇな、てめぇも」

 寒風よりも身を冷やす気配を前に、自然と背筋を伸ばしていた。奥二重の深みから、乾いた眼差しでこちらを見つめてくる。こけた左頬に深い刀傷を残した男は、長椅子に重々しく腰を降ろし、その表情とは正反対の懐かしみを篭めた声でそう言った。

「……ラーメン屋なんてのも、案外楽しいもんでやすよ。ヒグチの旦那」

 俺の返事を聞き、肩を揺らし笑う。ただ飯食らいの野良兎が来なくなったかと思えば、また厄介な客が来たものだ。無意識に零しかけた溜息を飲み込み、黙って支度に取り掛かる。旦那はその間、興味深そうに俺の手元を眺めていた。

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