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Funny's Diary #007 2007.10.16

クマに姫苛めるなよwwwwwwって言われた22日目の日記。
死亡フラグ解決後編に入りきらなかった姫パート+蛇足分。
何かこう、自分にしか通じないような視点移動考えるのが好きです。






「ミルマスカラァス!」

「ごふぅっ!?」

 目覚めのフライングボディプレスを見舞ったファニィの下から悲痛な声が上がった。押し潰されたミーネは突然の重量に対処出来ず、細い両手足でじたばたともがいている。

「何事ですか!? 何事ですか!?」

「何事も何も朝でありマスヨ、姫!」

 死に物狂いといった様子でファニィの下から抜け出したミーネは、目を白黒させながら左右を見回している。十秒程経って、ようやく事態を理解したのだろう。小さな肩をがくりと落とし、涙声で呟く。

「うぅ……次からはもう少し普通に起こしてください」

「善処いたしマショ」

 さっさと着替えを始める傍らで、ミーネは乱れた髪を梳かしている。その様子を観察しながら、ファニィは自分の髪を摘んでみた。不恰好という程でもないが乱雑に切り揃えた黒髪は、テントの小窓から差し込む光に当たると若干青みがかって見える。

「スタンハンセェン!」

「ごふぅっ!?」

 思いつきでウェスタンラリアットを見舞われ、小柄な身がテントの端へと転がっていく。倒れ込んでしまったミーネを抱き起こし、素早く後ろに回った。彼女の手から落ちたブラシを拾い上げ、長い髪を一房手に取る。

「何事ですか!? 今度は何事ですか!?」

「お手伝いしマスヨ、ひーめ」

「うぅ……自分で出来ますから、もう無茶は止めてください」

「いやいや、チョイと懐かしくなりマシテ。拙者も昔は姫と同じぐらいに伸ばしていたのデスヨ」

 朝一番から踏んだり蹴ったりな状態となったミーネの悲哀は意に介さず、彼女の長い髪を早速とばかり梳かし始める。昨日は一日砂地の行軍となったが、特に傷みもせず瑞々しいままの黒髪に触れて、これが若さかと少しだけ羨ましく思う。

 コン。

 ブラシの背で叩いたミーネの頭は、とても良い音がした。

「……叩かないでください」

「ァッハ」

 笑って誤魔化し、再び手を動かす。ミーネも観念したらしく、大人しくファニィに身を委ねていた。テントの小窓からは秋らしい柔らかな陽光が差し込み、肌寒さを僅かに和らげてくれる。遠くからは小鳥の鳴く声が聞こえてくる。

 コン。

 鳥の囀りに混じり、小さく咳き込む声がした。どこからだろう。ああ。そこの細い路地からだ。塗装の剥げたビルに挟まれて、深い影に沈んでいる、更にその奥から聞こえてくる。
 もう随分と放置されているのだろう。幾つものゴミ袋が山のように重なり、異臭を放っている。 コン。 その谷間で、小さく背を丸めていた。
 何日も続く秋雨からようやく逃れてきたらしい。手足どころか長い黒髪も泥と埃に塗れ、膝を抱える両腕も肩も小刻みに震えている。 コン。 咳き込む声は苦しそうだった。

 どれだけ走っただろうか。もう逃げられない。一度座り込んでしまうと、両足は言うことを聞いてくれなくなってしまった。
 小さな物音一つすら、最後を告げに来た死神の声に聞こえ、その度に怯えて肩を竦ませている。 コン。 身を苛む寒気はとうに体の感覚を奪っていて、自分が座っているのか寝転がっているのかも認識出来ない。呼吸をするときに胸が痛むから、まだ生きているのだということだけは解った。

 コン。

 クリームシチュー。ざく切りにした人参とジャガイモ、ソーセージを放り込んだだけの質素なものを一匙掬い、ゆっくりと口に運ぶ。温かいんだろうなあ。パンを小さく千切り、シチューに浸す。水でかさを増しているから、パンは簡単にふやけてしまう。ごくりと喉が鳴る。 コン。 ほんの一匙、ほんの一切れでいいから、お願いします。

 誰にお願いすればいいんだろう。ぼんやりとする頭で考えてみる。白く滲んだ壁に、墨汁を垂らしたような判然としない人影が幾つも浮かび、首を傾げて去っていく。コン。 ああ。眠い。もう、シチューはどうでもいいや。眠いから、どうしよう。眠ればいいのか。

 コン。

 小石が転がってきて、爪先に当たった。顔を上げる。濡れた髪が頬に貼り付いて気持ち悪い。左右を見回してみると、表の通りに通じているはずの方向まで黒い壁に塞がれていた。閉じ込められたのか。違う。背の高い誰かが立っているだけだ。

──近頃のゴミ漁りにゃ、鼠どころか兎まで出張ってくるようになったのか。

 コン。

 やはりミーネの頭は良い音がする。つい何度か叩いていると、彼女は後頭部を押さえてファニィから逃げ出してしまう。

「どうして叩くのですか?」

「ィや、ヨイ音がするもんデスカラ」

「わたくしの頭は太鼓じゃありませんわ」

 力無く肩を落とすミーネの頭に手を乗せて、叩いたことを詫びる代わりに撫でてやる。それでもしばらくは納得いかない様子だったので──

「アブドォラザブッチャア!」

「ごふぅっ!?」

 地獄突きをかましておいた。

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