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「忘年会で更に忘れたいことが増えていく一年の締め括り」
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Funny's Diary #013 2008.05.01
長い時を経て偽兄貴の中の人に名前がついた13個目の日記ログ。
結果にも書いた通りダンパ直後に書くはずが今になってようやく。
というわけでとりあえず日記だけ。看板は……予備を置いとこう。






 煌びやかな照明の下、鮮やかなドレスがくるくると回る。赤い絨毯の上でステップを踏み、手と手を取り合ってくるくると回る。男も女も澄ました顔で、優雅な弦楽器の旋律に乗ってくるくると回る。
 水槽の魚を思わせる人々を眺めながら、小さく溜息を吐いた。全くもって何が楽しいのか理解出来ない。生まれや育ちが違うと、体の造りまで違ってくるのだろうか。あんなに回り続けて、よく目を回さないものだと感心する。
 胃の中に流し込んだ酒が込み上げてくる。吐きそうになり、必死になって息を止めていた。突っ伏しているテーブルが柔らかく歪み、体を沈ませていくように感じられる。純白の地に金細工を施した壁も気味悪く蠢いて見えた。

「ア゛ニ゛ギィィィ……拙者もォ帰りたィィィ」

「何をどうすりゃあ……そう酔えるんだテメェは」

 のろのろと顔を上げて、対面に座るヒグチに訴える。返ってきたのは同情でも気遣いでもなく、呆れたような声と眼差しだった。こちらもこちらでワイングラスなど傾けて澄ました顔だ。言っては悪いけれど、似合っているとは言い難い。
 こけた頬に残る刀傷や切れ長の目付きに含まれる冷たさからして、どう考えても場の空気にそぐわない。筋肉質な体に着込んだタキシードもそういった雰囲気を打ち消すには足らず、空っぽの右袖が駄目押しとなっていた。控えめに言ってタチの悪い詐欺師、もう少しオマケしても戦役を退いた不良軍人にしか見えない。

「一人だけ泣きそうな顔しやがって。いきなりゲロ吐き掛けられた俺の身にもだなぁ」

 何時の間に戻ってきたのか、隣の席にサワムラが腰を降ろす。私を見ながら怨念篭る愚痴を零す彼はジャケットを脱いでいて、着ているシャツもワンサイズ小さい様子だった。元々着ていた物を汚してしまった自分が言うのも憚られるけれど、貧乏人が無理をしてパーティーに出席したようにしか見えない。
 そんな詐欺師と貧乏人に囲まれている私はといえば、菫色の上等なドレスを身に纏っていた。耳に付けているピアスも何時もの物と違い、豪奢な細工や宝石で飾られていた。わざわざ用意してもらっておいて申し訳無い話だけれど、落ち着かないし、それに耳が重い。
 考えている間にも隣からの恨み節は続いていた。頭の中が掻き回されているようで上手く理解出来ていなかったけれど。

「踊ると吐くなんて奴ァ初めて見たぞ、なぁ?」

「ヤメテ言わないデ思い出サせないデ」

 ほんの数分前、いや、もう十分以上は前だろうか。サワムラからの誘いを受けた私は、踊り始めてから十秒と保たずに気持ち悪くなり、そのまま目の前にあったタキシードに顔を突っ伏した。そして思い切り吐いた。彼が犠牲になってくれたお陰か、高そうなドレスを汚さずに済んだのは幸いだったのかどうか。
 それからのことは、はっきりと記憶していない。踏ん付けられた蛙みたいな声を出してどこかへ走っていくサワムラの背中だけは、何となく見ていたような気がする。そうだ。後片付けに来たボーイの何人かが、踊ってる最中に吐いた奴は初めてだ、というような話をしていた気もする。
 それはそうだろう。童話の中では度々出てくるダンスパーティのシーン、そこに嘔吐する人間が描かれていたような記憶は無い。シンデレラが王子様に向けて吐瀉物をぶちまけるシーンなんて、あればあったで愉快なものだとは思うけれど。
 とにかく、パーティの最中、特にダンスを踊っている際に嘔吐してはいけない。そんな決まりあることぐらい、というか、それが当たり前だということぐらい、いくら私だって解っている。ただ、体が言うことを聞いてくれなかっただけなのだ。

「もォヤ゛ァダァァ……帰ル゛ゥ、帰ル゛ゥ」

 この場の空気も、周囲で踊っている人達も到底受け入れられそうになかった。このままだと何もしていなくても、また吐く。そんな予感が段々と募っていく。堪え切れなくなって、パンプスの踵で床を打ち、テーブルの上で両腕をばたばたと暴れさせる。

「センセェ拙者ホケン室イッてイイデスカァ」

 暫く駄々をこねていると、グラスを空にしたヒグチが諦めたような顔で立ち上がる。
 仕事の上で反抗すれば脅すか殴るか蹴るの三択が待っているけれど、案外こういうときの彼は甘い。いや……私に付き合うのが面倒臭いだけなのかもしれないけれど。
 何であれこの場から逃げ出せるのならば、今はそれで良しと思えた。

「しょうがねぇな。……サワムラ、俺らは先に戻るわ。後は適当に任せた」

 ヒグチに腕を掴まれて立ち上がる。サワムラがこの格好で残されるのかという風な顔をしていたけれど、見なかったことにしておいた。ごめんなさい、貧乏人風の人。替えのシャツも汚してしまう前に、私は帰ろうと思います。
 去り際の背中にも何かを言われた気がしたけど、それも聞かなかったことにしておいた。
 とりあえず、もう二度とダンスパーティなんていうものには関わらないでおこう。心に誓って、私とヒグチは宮殿のようなお屋敷を後にした。

* * *

 暫く馬車に揺られている間に気分も落ち着いてきた。窓の外には真ん丸の青い月。私はあそこで生まれたんだと聞いたけれど、詳しいことは何も憶えていなかった。もしかしたら血筋が向こうなのだというだけかもしれない。
 空には雲一つ無くて、少しだけ開けた窓から流れ込む風が心地良い。こんな夜に外を散歩したら、さぞかし気持ち良いだろうなと思う。

「アニキィ」

 振り向いたヒグチが嫌そうな顔をする。そうだった。気持ち悪さで忘れていた。最近ではこちらの方が板についてきてしまっていたし、それに、二人になるのも久し振りだったから。改めて呼び直すのに少し緊張して、らしくない咳払いをしてしまう。

「ゴメンナサイ。……ヒグチ、少し、外……歩かナイ?」

「何だ急に」

「ホラ、風ガ気持ち良さそォダし」

 何となく予想はしていたけれど、あからさまに馬鹿を見るような視線を向けられた。ただでさえ目付きの悪い彼からそうした目で見られると、本当に凹んでしまいそうになる。
 これ以上心を刺されてしまう前に引いておこうかとも思ったけれど、今日は勇気を出して、もう一押しだけしてみることにした。

「ソレにホラ、この馬車の揺れガ……」

「……おい」

「何ともイイカンジに……」

「……おい、馬鹿」

「吐ク……」

「おい、停めろ! こッ……の馬鹿野郎!」

 本当に、こういうときの彼は甘い。こんな単純な嘘にも騙されてくれる。もしかしたら、本当に吐くのかもしれないと思われたとか、所構わず嘔吐する奴と思われたとか、そんな考えも頭を過ぎったけれど、悲しくなるから無視しておいた。
 とりあえず、目的は果たせたのだ。ヒグチと二人で馬車から降りる。馬車の中で受けるのと比べて、思ったよりも外の風は冷たかった。この格好では少し寒いかもしれない。
 腕を擦りながら、ふと、改めて自分の着ているドレスを観察してみた。菫色の生地は光沢を抑えられていたけれど、どこか子供っぽいデザインにも見えた。胸元の大きなリボンや、フリルの飾りがそう感じさせるのかもしれない。
 上等だけれど、自分には勿体無い気がした。ショールを巻き直しながら、そんな風に思う。

「サワムラも……もォチョット安いのカラ選べばイイのにネ」

「……あん?」

「……ゥン?」

「いや。何でもねぇ」

 気恥ずかしくなって笑いながら言うと、ヒグチは不思議そうな顔をした。私もつられて首を傾げる。何かおかしなことを言っただろうかと先を促しかけて、その疑問を彼に封じられてしまう。
 結局、他に話すことが見つからなくなってしまい、暫くの間は黙って歩いていた。石畳の道を叩く靴音だけが、夜の街に静かに響いている。一つの街灯を通り過ぎる度に影が伸び、また別の街灯の下に入ると影が短くなる。それを何度か繰り返した。
 遠くで赤ん坊の泣く声が聞こえる。その方向に目を向けてみると、カーテンに母親らしき人影が見えた。こんな時間に、大変だな。そんなどうでもいいことを考えながら、そっと視線をヒグチに移す。やっぱりタキシードが似合っていない。馬車から降りるときにポケットから抜けてしまったようで、歩く度にぶらぶらと揺れる様が少し不恰好にも思える。

「……ネ」

「今度は何だ」

「踊らナイ?」

 空っぽの右袖を掴まえる。心底嫌そうな顔をされてしまった。あぁ、やっぱり吐く奴だと思われている。切ない気持ちに負けまいと笑うよう努めながら、袖の下を潜って回る。作法だとかは知らないから、完全に見様見真似だった。あそこに居た人達がそうしていたように、くるくると回る。今でも少し目が回りそうになったけれど、さっきよりは随分ましだった。

「止めろ、みっともねぇ」

「イイジャナイ。誰も見てナイワ」

 私の上で空が回り、周囲の建物が次々に視界に入っては過ぎ去っていく。少し早く動いてみると、瞬く星が流れるように尾を引いて見えた。ドレスの裾が魚の尾っぽみたいにひらひらと靡く。月明かりを受けて、銀糸の刺繍が眩く輝いていた。
 回り疲れて、彼の胸に背を預けてみる。一秒とそうさせてはくれずに、あっさりと押し戻されてしまった。

「ネェ」

「何だ」

「明日は……何カ、予定トカ」

 言い掛けたところで無粋な携帯の着信音。私の言葉を遮り、ヒグチが電話に出てしまう。どうやら相手はサワムラらしい。貧乏人風の人も、とんだところで邪魔をしてくれたものだ。今度部屋に来たときには、寝ている間に髪を剃ってやろうと心に誓う。
 結局、今夜もそれっきり。元来た道を戻っていくヒグチの背中を見送ってから、私は足下の小石を強く蹴り飛ばした。

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